カテゴリ:エピソード( 22 )

いい人にみえるように してください

むかしそんな人がいた

事件が起きるたびに 上野駅で おまわりさんに 止められます
できるだけ やさしく見えるように してください
間違えられるんです

体が大きくて 顔は 俳優のようにととのっている

なんでですかねー かっこよすぎるからかなー
普通の髪型ですよ

ただ 四角い大きな指輪
アタッシュケース 
黒いスーツ姿が やけに似合う

お仕事は なんですか?

普通ですよ
??
いまだに なぞのひとだ

 
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by uoom | 2015-02-19 22:18 | エピソード | Trackback | Comments(0)

中学2年生 登校拒否

とても大事な時です

そんな時 息子と 同じクラスの男の子が 登校拒否になりました

お母さんが 心配して 受け持ちの先生に相談しました

そしたら 先生が  uoomさんに電話してくださいと言われたそうです

いきなり 知らない人からの 電話に びっくりしました

話を聞くと  どうもいじめにあっているらしいと言うのです

先生も 対応がわからず  uoomさんに 電話してくださいと言ったそうです

どうしてかと思いましたが  たまたまそばにいた息子に

同じ班に 誰がいるか ききました

                          茶色のバラが 今はピンクです
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なるほど 小学校時代から いじめを楽しんでやっている2人がいることが判明

私は お母さんに  席替えをしてもらうように アドバイスしました

それから お母さんと お父さんは 何時でもおまえの見方だと

言ってあげてくださいと お願いしました

それから 彼は 登校拒否はしませんでした

お父さんが お客さんでみえて  Aの父です

ありがとうございました  といって帰られました

あんなことで お役に立ったのかと思いました
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by uoom | 2010-09-17 20:35 | エピソード | Trackback | Comments(2)

今日も母のことが頭に

6年間 療養生活だった母

入る時は足もしっかりしていて

何でここに居るのか 不思議だった

それが死ぬ時は エジプトのミーラくらい

とても小さくなっていた

腰が痛い  頭が痛い 暑い 寒い

色々訴える人

火葬をしたら  お骨が拾えない

すっかり 灰になっていた

困っていると お坊さんが  

手ですくいなさい  通しえてくれた

それで 子供4人で 砂をすくうように

手のひらにのせて 骨壷に入れた

後の人も  みんなそうした

こんな 骨拾いは はじめてだった
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長い療養生活  ステロイドなどを使うと

こうなるとは 聞いていたが ・・・

母の苦しみが そこにあった

いまでも 頭から 離れない
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by uoom | 2010-08-22 22:15 | エピソード | Trackback | Comments(5)

1時間の家庭教師  私の子育て

子供が小学生になった時 はじめた事があります

それはなにがあっても どんな時でも 毎日1時間

子供の 家庭教師をすることにしました

せめて小学生の間は と決めました

別に勉強を教えるわけではありません
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毎日 夜の9時から10時までは 子供のことだけを考えることです

どっかりと テーブルに座り  まずは宿題が終わったか聞きます

終わってなければ 一緒にします

次は テスト直しは  ないか聞きます

あれば 一緒に 直します

その次は今日 あったこと  感じたことをもとにお話の時間です

日によっては 子供の遊び相手になったりも します

将棋  オセロ  腕相撲  漫画を書いたり

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その間はテレビは消します

お父さんにも 寝てもらいました

母と子  二人だけの 1時間 

五歳違いでしたので  オネエは5年生までで 終わり

今度は こうちゃんと 同じ事をしました

ですので 11年 家庭教師を したことになります


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子供と向き合った 貴重な時間

父ちゃんも 黙って協力してくれました

いい父ちゃんです  心から ありがとう
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by uoom | 2010-08-18 20:36 | エピソード | Trackback | Comments(2)

お母さん

         抱っこされた記憶がない

                誉められた記憶がない



            たたかれたのは一度

                いまでも 覚えているいやなこと

           いくつになっても  

                  手を抜いた分は 埋めてやらねば

            大人になって  年をとって

                   足りない分は  足りない

                      誰も埋めることのない 寂しさが


          ふと心に よみがえる夜があるの





  びっくりしたこと

  えっ  はまこうさん  まだやっているの

  悪がきは  年に関係ないのね  
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by uoom | 2010-08-10 21:59 | エピソード | Trackback | Comments(3)

むかーし 昔

子育て真っ最中のころ

周りの子供達は 習い事  塾が 流行っていたころ

小学生で学習塾 65パーセント

お稽古をを入れると 85パーセントの子が通うと言う

とても気にはなったが  我が家には余裕がない

友達がみんな行くので 遊び相手が いないらしい

そこで そろばんに通うことにした

いまどき 計算機もあるし  必要ないという人もいたが

落ち着きのない我が家の2人は 通うことに

3000円で週3回は お得だ

数字アレルギーも治り 通った甲斐があった

しかし私はあまり小さい時から 子守り代わりの塾通いは??

通っていない子より できるから 勘違いしてしまわないか

大きくなって  そうでもなかったと 気づいた時

これから勉強という時に  疲れが出ないか

もっと小さい時に  必要な 体験する時間を うばっていないか

そんな心配をした覚えがある

結局 我が子は  そろばん以外 塾と言う所には 通わなかった

時間はたっぷり  夜中に勉強することもなかった
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by uoom | 2010-08-10 20:46 | エピソード | Trackback | Comments(3)

かえるの子はかえる

男性はよくこういうことを言う人がいます

私はそうは思いません

親子でも  まったく別の人間ですから 今の時代は 無理です

親子は同じ事をするのが一番とおっしゃいますが

私の父も 本音は そうでしょう


基木に優る 枝はなし と言ったときは 」

さすがに 何言ってんだ  この人は・・  

人間にそんなこと あてはまらないだろう

とその時初めて 父に反感を持ちました

明治の 教え なのかも知れません


そのわりには 子供を抑えることも

何かを強制的に やらせることもありませんでした

それが 昔からの我が家の 教育方針 なのかもしれません

私も 子供達には そのようにしましたから・・


百姓の子だから  百姓をやれとは言いませんでした

これからは 百姓では  食べていけん  

そういって  親から受け継いだ土地に 

子供を縛ることはありませんでした


これは時代の流れとはいえ  寂しいことだったことでしょう


それでも 父の子でよかったと  私たち兄弟の同じ 思いです
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by uoom | 2010-08-08 22:11 | エピソード | Trackback | Comments(4)

思いでは・・・ほろ苦い

この年になると  周りでは体調の良くない人もぽちぽち

仕方ないよね  ひとつくらい

そうは いっても 身近な人だと心配です



しかし  あの人は 自分のことしか考えてていなかったねー

兄が 母を思い出して 言いました


親なんだから  会社辞めて 看病しろと 家のに 言ったものねー

そんなこと出来ないよねー   言うこと聞いて おとなしければいいけど

あの人は  わがままだし いばっているもたものねー

しかし  金は かかったわ・・・



いつまで いわれるのやら ・・ こんな親にはなりたくないなー

一緒にいたから  言えるのだ   いまだから・・

もう 逝ってから  はや3年 の母である
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by uoom | 2010-07-31 22:38 | エピソード | Trackback | Comments(2)

身辺整理

子供のころから 身辺整理は良くしていました

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一番初めは 中学をを卒業したときです

就職で 家を出ました

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そのとき 2度と生活の場は この家にないと思いました

なので今までの 通信簿  テストなど 全部処分しました

雪に 穴を掘り  燃やしました
     
後になって  兄のお嫁さんが uoomさんの物は

何もないと 言っていました

スーツケースに 着替えを詰めて 就職しました

夢を実現するために 貯金をするのが目的です

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ここでは紡績の仕事と 高校生になりました

3年で30万円を手にすることが出来ました

それを元手に  東京へ出ました


姉にお店を探してもらい 住み込みが決まりました

学校も決まりました


2度目は  会社の寮を出るときです


3年間で 買ったもの 身に付けるものは こおり1つに入るだけ

ほとんど捨てました       056.gif


今度は住み込みで 見習いしながら  学校へ 通うので

親に 布団 一組もらいました

東京では 先輩2人と4畳半に 3人で寝ました


3度目は 結婚が 決まったときです      067.gif


今度はお店はありますが  住まいは4畳半一間です

なので  5年間で読んだ本が沢山あったのですが

教科書以外  全部捨てました

その時は 初めて 少し センチになりました

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又布団2組と 結婚式

持参金50万円もらって 嫁ぎました


4度目は  家を建てたときです  058.gif


このときは もてる物は あるものは全部 もちました

当座は 役立つだろうと思ったからです

それでも トラック一台で 間に合いました
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それからも  荷物整理は 趣味みたいなものなので

荷物は 増えることはありません


今は 子供の残したものなどが ありますが

捨てる必要も なくなりました

結婚した2人ですが 育った面影がないと  

帰ったときに 寂しいだろうと思うからです

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by uoom | 2010-06-26 22:22 | エピソード | Trackback | Comments(4)

従兄弟の話

かなり昔の話ですが  姉の世話で 練馬に15年 いました

そこには 叔父も住んでいました   018.gif
       

その叔父には 3人の子供がいました

叔父は大きな会社の 役員をしていて  安定した 生活でした 018.gif

その家の 長男さんが 横浜の お医者さんの一人娘と 結婚しました  053.gif

最初は 練馬の家で 叔父と 同居していたのですが   038.gif
 
子供が出来て 出産のため 実家に帰りました       038.gif

それきり 戻ってはきませんでした  015.gif

行ってみると  マンション  家具なども 向こうの親御さんが

近くに買って 用意されていました  013.gif 

常識みたいになっている現在では  びっくりしませんね 



そして退院後から 現在まで そこで暮らしています  043.gif

今98歳になった叔母は 毎年お正月は そちらでしています   067.gif

普段は 次男さんと 練馬の家で暮らしています  045.gif

認知症も出てきて 昼間はディサービスに 通っています   032.gif


まあ  幸せになるなら  親も安心ですね    

叔母ちゃん  100歳まで行けそうです  038.gif
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by uoom | 2010-06-22 23:22 | エピソード | Trackback | Comments(2)